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| 昭和初期〜昭和20年 |
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大不況の時代にもかかわらず、「日清サラダ油」「日清フライ油」のブランド名は、着実に一般消費者の間に定着していった。しかし、日中戦争のぼっ発から我が国は戦時体制に移行し、以後は経済統制による原料入手難から生産は減退の一途をたどるに至った。また戦争により、国内外の生産設備の多くを失う。 |
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| 1947(昭和22年) |
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東浜油脂化学工業(株)<後のリノール油脂(株)>設立。 |
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| 1948(昭和23年) |
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横浜工場の再建に着手。日本糠油工業(株)<後のニッコー製油(株)>設立。 |
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| 1949(昭和24年) |
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横浜工場が稼動を開始し、横浜工場が復興の第一歩を踏み出した。北海製油(株)を合併し、小樽工場とした。 |
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| 1951(昭和26年) |
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日本糠油工業(株)の社名を日本興油工業(株)に変更。 |
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| 1953(昭和28年) |
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神戸工場操業開始。丸紅(株)が日本興油工業(株)の資本に参加。 |
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| 1955(昭和30年) |
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横浜工場敷地が全面接収解除された。 |
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| 1957(昭和32年) |
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日本興油工業(株)水島工場(現・水島工場)竣工。 |
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| 1958(昭和33年) |
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顆粒状レシチンの国産化に成功。 |
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| 1959(昭和34年) |
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攝津製油(株)(創立明治22年)の経営に参加。日清製油研究所を開設。 |
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